樹木葬の歴史
日本初の樹木葬墓地は、1999年、岩手一関の知勝院に誕生しました。里山林を墓地として許可を得、樹木葬墓地として美しい里山林を後世に残すべく現在も活動されています。この樹木葬の黎明期を代表する手法においては樹木葬の特徴は次のようでした。
・植物景観の育成、保全が埋葬と同等の目的となる。
・継承が不要である。
こうした特徴は荒廃した元里山林を寺地に持ち、そのあり方に問題意識を持った郊外の寺院に注目され、特に禅宗の寺院において全国的に緩やかなペースで増えていきました。一方でもともとは郊外地の里山林を保全、再生するための手法と、自然に帰ることのできる葬送の方式として生み出された「樹木葬」は、より自由な葬送の在り方を求める人々に支持され、樹木葬墓地自体も初期の方式からアレンジされたものが多く生み出されることとなりました。もともとは郊外地でのみ成立する樹木葬の特性の内、「自然」を「庭園」に置き換えて、都会向けによりコンパクトに展開するものも増えてきています。例として都立小平霊園の「樹林墓地」は自然を保全するための機能は庭園程度でしかありませんが、樹木の持つ自然回帰のイメージと継承者が不要であること、管理料も不要であること、費用もこれまでの墓地から比較すれば非常に低価格であることから多くの方に支持されているようです。
つまり、樹木葬と呼ばれるものはその起こりと変遷から次のように大別することができます。
・里山型(郊外型) ・庭園型(都市型)
そのそれぞれに長所と短所があり、本人やご家族が何を求めるかでどのような樹木葬にされるかをよく話あわれることが重要です。