お盆のはなし
2017年08月13日
お盆はまぎれもない宗教行事ですが、「お盆休み」といえば
昔からの習俗としてほとんどの企業でお盆の時期に夏休みを設定しているようです。
無宗教という方が増えてきてはいますが、それにこだわらず
この時期、帰省され親戚一同の団欒という方も多いのではと思います。
真光寺のお盆行事の様子
お盆の語源はサンスクリット語の「ウラバンナ」から来ています。
お盆を盂蘭盆(うらぼん)と呼ぶのはここから来ています。
「ウラバンナ」は「さかさに吊るされた激しい苦しみ」という意味です。
ご先祖が帰って来て、みんなでお祭りするという優しいイメージからはかけ離れた意味で衝撃です。
お釈迦様の時代、そのお弟子の目連尊者が、亡くなった母親を忍べく「神通力」
にて死後の世界を覗き見たとき、母親が餓鬼道の世界にいて、大変な苦しみに見舞われている様子を
目にされました。このことをお釈迦様に相談されたところ、お釈迦様は次のように言われました。
「多くの僧侶が修行を終える7月15日に出来る限りの食べ物や飲み物を用意して、修行僧を心から供養をしなさい。」
この教えの通りにした目連尊者は母親の救われる姿を見て、毎年供養を続けることなり、
これがお盆のはじまりだとされています。
この餓鬼という存在、今を生きる人たちも次のようなことから優しさを失い、
苦しみに見舞われるとお釈迦様は解いています。
貪(どん) 欲深な心
瞋(じん) 怒り、憎しみの気持ち
癡(ち) 愚かさ
これを三毒と呼び、人を幸せな人生から遠ざけるものと考えています。
目連尊者のエピソードはお盆はご先祖をお招きするということにとどまらず、
三毒に侵されず、ご先祖に対しても恥ずかしくない人のありようを実践する機会であること
を示しています。