施食会

8月2日、縁の会施食会法要を修行いたしました。

お盆の季節になればお寺で施食会というのはよく聞くお話ですが、そもそも施食会とはどういうものなのか記事にしてみました。

施食会は、盂蘭盆会に付会されることが多く、同じものと捉えられる場合も少なくありませんが、その由来は異なります。

●施食…以前は施餓鬼と呼ばれていました。由来は「仏説救抜焔口陀羅尼経」(ぶっせつくばつえんくだらにきょう)というお経に説かれています。お釈迦様の弟子である阿難尊者が、森の中で静かに瞑想していると、焔口(えんく)という痩せ衰えた餓鬼があらわれ、「お前はあと三日で死ぬだろう。そして餓鬼世界におち、私のようなみにくい姿になるのだ」と予言しました。さらに焔口は「もし、救われたいのなら、餓鬼道で苦しむ一切の餓鬼たちに飲食を施しなさい。そうすれば、お前は救われる」と言います。すべての餓鬼に対する供養はどのようにすればよいのか、困った阿難尊者はお釈迦様にたずねます。阿難尊者の話を聞いたお釈迦さまは、救われる方法を指示します。「一器の食物を供え、この「加持飲食陀羅尼」(かじおんじきだらに)を唱えれば、供えた供物は無量の食物となり、すべての餓鬼たちに飲食を与えることができる」阿難尊者はお釈迦さまの教えのとおり供養をし、その結果八十八歳まで生きた、とされています。
●お盆…ある時お釈迦さまの弟子の目連尊者が修行で得た神通力で亡くなった母をさがすと、母は餓鬼道の世界にいて骨と皮ばかりにやせ衰えていました。大変な悲しみの中、目連尊者はお釈迦さまの処へおもむき、そのことを相談しました。お釈迦さまが示されるところによると、「七月十五日、多くの修行僧が集まってくる。できるかぎりの食物や衣服を用意して修行僧に供養のまことをささげるとよい。」とされました。その法により救われた母を見た目連尊者は毎年供養を続けることとしました。この行いが先祖供養としてのお盆の起こりであるといわれています。そうしたことと、もともとの古い慣習として初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があったとされ、初春のものが正月の祭となり、初秋のものが盂蘭盆と習合して、行事として行なわれるようになったとされています。日本では八世紀ごろには夏に祖先供養を行うという風習が確立されたと考えられています。
 と、いずれもお釈迦様の弟子である二人が餓鬼に苦しめられ、その救済のための法を起源とします。施食会はいつ行ってもよいものですが、通例的に盂蘭盆のシーズンに行われることが多く、真光寺でもそのように七月、八月と施食会を行います。お施食の供養は普段の供養より功徳の大きい行事とされています。

●自宅でのお盆の迎え方…お盆の時期は地方によって様々ですが、七月十五日前後、あるいは月遅れ盆(八月十五日)や旧盆(旧暦七月十五日)のいずれかに行われるのが一般的です。
●お盆の準備…お盆が近づいてきたら、まずお仏壇の掃除をしましょう。お仏壇はご本尊様とご先祖様をおまつりする大切な場所です。その際、香炉の灰もふるいにかけ、古い線香の残りなども丹念に取り除きましょう。また、お墓の清掃も行います。仏壇と別に盆棚(精霊棚)をまつる場合は、お位牌を盆棚にお移しします。盆棚の祀り方は地方によって異なります。
●迎え火…十三日は「迎え盆」といい、夕刻にご先祖様をお迎えします。まず菩提寺とお墓にお参りし、お花やお線香を供え、ご先祖様をご案内する気持ちで提灯に明かり(迎え火)を灯し、家路につきます。(それぞれの慣習に従ってお迎えしてください。)ご先祖様が家に着いたら迎え火を盆棚のお灯明に移し、全員でお参りします。
お盆の期間中は、お団子やソウメン、ぼた餅などの変わり物と、「水の子」といわれる米と生茄子、胡瓜などをサイの目に切ったものを、ハスの葉などに盛って供えます。それぞれの地域、家庭によってお供え物も異なりますが、心をこめてご接待しましょう。
●送り火…十六日(地域によっては十五日)は、お迎えしたご先祖様をお見送りする「送り盆」の日です。この日、全国各地では送り火の意味で灯篭流しなどが行われます。京都の大文字なども、有名な送り火の一つです。
●ご先祖様が里帰りするお盆…この世に生きる私
たちと大切な亡き人とが触れ合う大切な行事です。久しぶりに故郷に集まった家族や親族と共に、生死を越えた「つながり」の尊さを再確認しながら、楽しい語らいの時間を過ごしたいものです。ご自宅にお盆のご準備ができない場合にも是非ご家族でお寺にお参りください。

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お盆。大勢の僧侶が集合します。

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不思議・・・ ですよね。

 

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